2017/09/13

奥義について

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

今朝ブルックナーの交響曲第9番とワーグナーの「パルシファル」を弾いていて
思ったことがある。
ブルックナーには光を感じる。
だが正邪の二元論は見えて来ない。
見えるのは光だけ。

明らかに「パルシファル」にはその両方がある。
1幕にアンフォルタスの傷について
グルネマンツが歌う場面がある。
“doch, eine Wunde brannt’ ihm in der Seite: die Wunde ist’s, die nie sich schließen will.
ここはもう、キリストの痛みだ。
「脇腹の傷が燃えるように痛む。でもこの傷はけっして閉じることがない。」
アンフォルタスに仕えるグルネマンツが
まるで自分の痛みを押し出すように歌う音が
バッハのPassion(受難曲)を彷彿とさせる。

私が伝えたいこととは
音楽とはやはりEsoterismである、ということ。
「秘術」とでも訳すか。

これは奥義中の奥義。
バッハの音楽にはしばしば登場する光と影。
モーツァルトでは、それがesoterismとなって
ハ短調、ニ短調、ト短調の世界が生まれる。

でもワーグナーは本気だったはず。
音で何かを具体的に表現しようとしたみたい。

ブルックナーは強い光を常に必要としたし
影の部分は浄化していたから
常にブルックナーの音は天空へと舞い上がり
影の支配を感じさせなかった。

でもワーグナーはモーツァルトのあの短調の世界観を
違うかたちで具現化しようとしたみたいに見える。

まさにesoterism。
これを浄化するエネルギーも凄まじいほどの強さで
パルシファルの音楽が描かれる。

どうやら私は10代でこの「秘術」のような音の世界に憧れたらしい。
スクリャービンにも比肩するワーグナーの音空間。
だが、これを咀嚼するには、多くの人と出会い
沢山の経験を必要としたようだ。

経験の先には、やはりワーグナーの音は魅力的だ。
まさに錬金術師。
ゲーテが目指した世界観を見事に音空間で魅せる男。

メンデルスゾーンの「フィンガル」や「スコットランド」も
ひょっとしたら、この世界観とも言えなくもない。

Ihr naht euch wieder,schwankende Gestaten,
Die früh sich einst dem trüben Blick gezeigt.
Versuch ich wohl, euch diesmal festzuhalten?

まさに「ファウスト」の序文の思いが私の思い。
さあ、これからどうなるやら。楽しみ。

関連記事

コメントを残す

*

CAPTCHA